ボヘミアガラスの伝統と歴史

明和セールスによる「アールヌーボーガラス製品の復刻」①

今回から2回「ボヘミアガラスの伝統と歴史」は、お休みさせて頂き明和セールスの勇士達の手によって行われた「モーゼル アールヌーボーガラス製品の復刻」を当時の主役I氏から受け継がれた資料をご紹介させて頂きます!

ちょっと一息楽しんで行って下さい!

 

 

19947月、チェコ出張後、リーデル社のあるオーストリアからゲーベル社のあるドイツ・コーブルグへの途上、ドナウ川とイン(Inn)川の交差するオーストリア国境に近いドイツの保養地パッソーにあるパッソー・ガラス美術館(Passauer Glasmuseum am Rathausplatz)を訪問しました。夏季の旅行シーズンでもあり、列車の自転車専用車両から多くのツーリング客がホームに降り、駅のスロープから田園地帯に走っていく後ろ姿が眩しかったことを覚えています。

 

名称未設定 2.jpg 

当時九州支店の資材課長であった私は、九州地区大手販売代理店、有名百貨店他の展示会・販売会向けに高額のボヘミアガラスのレア物の製品企画を立ち上げ、明和のボヘミアガラスのメッセージを市場及び得意客(個人を含む)に伝える対応に迫られていました。我社同様にモーゼル製品を取扱う★商事さんは、赤坂のショールームを拠点に、テーブルウエアを開発し、モーゼル製品に新風を吹き込んでおり、先輩格の明和としては、新機軸の打ち出しや他社との差別化が必要とされながら、モーゼルの伝統商品である彫刻製品から重点を移せず、この在庫処分販売がモーゼル社の反発を買うという閉塞状況からの脱却を図らなければいけない状況であった。そのため、出張前に課員のS君と、サケグラス、オールド、馬上杯といったモーゼル社のテーブルウエアのコレクション作りから、新段階への踏みだしを打ち合わせての出張であった。

(モーゼル社は、当時英国で、販売上問題のあった長年の取引先であるヘンリーマーチャント社との取引をやめ、モーゼル製品を全て買い戻し、ハロッズ等客先とより密接に取引を行なうために代理店をドラスティックに変更。さらに、前年、米国市場二流店でのバカラの半額バーゲンから波及した一流店のバカラ取扱停止問題を踏まえ、海外の代理店の販売価格と方法に対しても、ブランド維持図るため関心が深まっていた時期でもあった。さらにモーゼル社のプラハショップでは、これまでここで販売してきたチェコの歴史的陶器ブランドであるピルケンハマーの取扱をやめ、高級品としてヨーロッパでも認知されているマイセン、ヘレンド、アウガルテンの豊富な陳列に切替え成功を収めたばかりであった)

 

  787.jpg               モーゼルのアールヌーボー花器  

 

パッソー・ガラス美術館は、ボヘミアグラスを3万点所蔵する著名なガラス美術館(Am Rathausplatz 94032 Passau, tel 0851-35071, Fax 0851-31712)で、以前から訪問してみたかった先であったが、カルロビバリ(チェコ)のモーゼル社にてパッソー・ガラス美術館所蔵のモーゼル社アールヌーボー品の復刻を依頼し、その型の決定を行なう必要もあったため立ち寄ったものである。自分が注文する予定の、写真でしか見たことがなかった花瓶の展示現物との巡り合いは100年の歴史を超えた感動的なものであった。ガラス越しに目測で採寸を行い、帰国後ラフ図面をひいてモーゼル社に発注を打診、技術的に可能との回答を得て注文したものである。もちろんモーゼルがこの花瓶を復刻したのは初めてであった。

帰国後、食料部門への転勤の話があったため、自分で販売することはできなかったが、今でもアールヌーボー製品とオフェリア・カラーワイングラスが人気があると聞いており、思い出深い企画であった。


OPW-6_20091228163955_0.jpg

              オフェリア カラーワイングラス

 

 

次回は、当時の得意先への事前企画趣意説明・提案書の内容をご紹介させていただきす。

 

モーゼルの事をもっと詳しく知りたい方は、

こちらからお入り下さい→モーゼルの歴史と伝統