世界を魅了するボヘミア・ガラス<チェコとスロヴァキア>
◆チェコの中心であるボヘミア地方
森と湖の国チェコとスロヴァキアは、ヨーロッパの中央に位置する小国で、ボヘミア、モラビア、スロヴァキアの3つの地方から形成されています。特に西部のボヘミア地方は、ルドルフⅡ世の治世より、首都プラハを擁し、芸術、文化・経済の中心地として盛えてきました。
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チェコ共和国(チェコきょうわこく)、通称チェコは、ヨーロッパ中央の国。首都はプラハ。
歴史的には中欧の概念ができた時点から中欧の国でした。ソ連の侵攻後、政治的には東欧に分類されてきました。ヨーロッパ共産圏の消滅後、再び中欧または中東欧に分類されました。国土は東西に細長い六角形をしており、北はポーランド、東はスロバキア、南はオーストリア、西はドイツと国境を接すます。
正式名称(チェコ語)は Česká republika (チェスカー・レプブリカ:チェコ共和国)。通称は Česko(チェスコ)、または Čechy(チェヒ)。
英語での公式名称及び通称は Czech Republic(チェク・リパブリック)。日本語ではチェコ共和国(日本国外務省統一表記)。
かつて一つの国家であった「チェコスロバキア」の英語での綴りは "Czechoslovakia" であります。これは1918年の建国時にチェコ民族とスロバキア民族による一つの国家として建国されたものでありますが、日本では「チェコスロバキア」の短縮形として単に「チェコ」を使う場面もみられました。
チェコ共和国の国境が現在のようになったのは1993年になってのことです。 プラハを中心とした "Čechy"(チェヒ・ラテン名「ボヘミア」)、ブルノを中心とした"Morava"(ラテン名・モラヴィア)、さらにポーランド国境近くの "Slezsko"(シレジア)の3つの地方がチェコ共和国を形成しています。
ボヘミア地方を示す "Čechy"(チェヒ)をチェコスロバキア建国の命名に採用していますが、もちろん国家にはモラヴィアもシレジアも入ります。歴史的に、チェコ語における Čechy、および英語の Czech では、「ボヘミア地方」のみを指す文献もあります。そのため、チェコ共和国という国家としての表現を必要とする場合、「チェコ共和国」、 "Czech republic"、 "Česká republika" を用いるのが正確です。(一部、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照させていただいています。)
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スロヴァキア共和国(スロヴァキアきょうわこく)、通称スロヴァキアは、中央ヨーロッパの国。首都はブラチスラヴァ。
北西にチェコ、北にポーランド、東にウクライナ、南にハンガリー、南西にオーストリアと隣接します。
古代にはサモ王国・モラヴィア王国として独立を保った期間もありましたが、この地のスラブ人は1000年間少数民族としてハンガリー王国の支配下にあって、ハンガリーにとっても歴史的に重要な地域であり、多くのハンガリー人の出身地、ハンガリー貴族の発祥地でもあります(元来スラブ系で、ハンガリー文化に同化した者も多い)。
第一次世界大戦後オーストリア・ハンガリー帝国からチェコと合併するかたちで独立し、その後幾らかの変遷を経て、1993年1月1日にチェコスロバキアから分離独立し現在に到ります。
正式名称はスロバキア語で Slovenská Republika。通称 Slovensko(スロヴェンスコ)。
日本語の表記はスロヴァキア共和国。通称スロヴァキア。
スロヴァキアの語源はスラヴ(Slav)であり、これはスロベニアと同じです。そのため似たような国名に成っています。(一部、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照させていただいています。)
◆古代~中世ボヘミア・ガラスことはじめ
ボヘミア・ガラス製造がいつごろから始まったかについては、先史時代という説もありますが、本格的には西暦の初め頃、ローマからガラス製法が伝わったと云われています。中世は記録が少なく、わずかに僧院の年代記に、小規模なガラスの生産についての記録があるだけです。