ガラスの歴史①
ガラスの発見と伝播<古代オリエントとローマ時代>
「この人間の創り出した不思議な物質」ガラスは、紀元前一世紀のローマの著名な
博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスによれば、太古、地中海沿岸でソーダー灰の交易をしていたフェニキア人達によって偶然発見されたものと云われています。しかし、最近の考古学調査は、そうした伝説が、古代伝説的なガラス産業の中心地が地中海沿岸にあったことを示唆しているという事を明らかにしました。つまり、地中海を囲む古代オリエント地方(エジプト、フェニキア、メソポタミアなどの地)で、諸学説によるとおよそ5千年前、ガラスは生まれたのです。そののち、版図を拡大したローマ帝国の盛んな外征や交易によってヨーロッパ全土に伝播してゆきました。そして、この古代ローマ・ガラスやイスラム・ガラスの時代に飛躍的な発展をみたさまざま新技術を吸収、淘汰した中部ヨーロッパの諸国によって、中世以降、受け継がれていったのです。

ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23年 - 79年8月24日)は、北イタリアのコムム(現在のコモ市)に生まれた古代ローマの博物学者、政治家、軍人。甥に文人で政治家のガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥス(小プリニウス、62? - 114?)がおり、養子としている。小プリニウスと区別するため大プリニウスと呼ばれる。ローマ帝国の海外領土総督を歴任する傍ら『博物誌』(Naturalis historia)を著した。
地中海艦隊の司令官として南イタリアのミセヌムにいたとき、ヴェスヴィオ火山の噴火を目撃した。プリニウスは救助活動のため艦隊を率いてポンペイへ向かったが、その途上で没した。病いによるのではなく、火山の観察を続けるうちに避難に遅れて、噴火による火山性ガスに巻き込まれたと言われている。