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ウィーン磁器工房アウガルテン
1718年、マクシミリアン1世や女帝マリアテレジアを輩出したハプスブルク王朝の栄華の中で、ウィーン磁器工房は誕生しました。雪のように白く輝く白磁に描かれた繊細な絵柄、優美なシェイプは290年もの間世界中の人々を魅了し続けています。

1744年、女帝マリアテレジアにより皇室直属の磁器窯に命じられ、その証としてハプスブルク皇室の縦型紋章を授かるという栄誉を手にしました。以来アウガルテンはハプスブルク王朝の磁器工房として多くの名品を世に送り出しています。

皇帝フランツヨーゼフ1世やその皇妃エリザベートなど、歴代のハプスブルク皇室の人々は、アウガルテンに多くのオリジナル食器を注文しました。内外の王侯貴族もまた競ってこれに倣い、様々な名品が生み出されることとなったのです。その品質とハプスブルク王朝の歴史に磨かれた芸術性は、貴族だけではなく世界中の人々の心をとらえました。そして、現在もこの王侯貴族たちに愛された優雅でしなやかなウィーンスタイルを守り続けています。

第一次世界大戦後ウィーン磁器工房は、女帝マリアテレジアが狩猟の館として使用したアウガルテン宮殿に工房を移しました。そして、伝統的な芸術性の高い作品に加え、19世紀末に起こった新しい芸術運動のユーゲントシュティールは、アールデコのアーティストによる、他の窯では見られない斬新でモダンな傑作も、数多く生み出されました。

11,000点、200の絵柄にものぼる製品のひとつひとつが、熟練した職人達によって手作り手描きの手法により生産されています。290年という長い年月を経てもなお、厳しいクラフトマンシップに裏打ちされた繊細な技の数々は、職人達に受け継がれており、その製品は世界でも品質、芸術性と共に、最高級の磁器として名声を博しています。
磁器で初めてコーヒーカップを作ったのはアウガルテンです。
1683年オスマン・トルコによる2度目のウィーン包囲が勃発。ヨーロッパ東端の国であったオーストリアは、たびたびトルコと戦火を交えていました。1710年にオイゲン公率いるオーストリア軍が勝利をおさめ、ようやくその脅威から開放されます。
オスマントルコの度重なる侵攻は意外なものをももたらしました。1700年にオスマントルコ講和使節団がウィーンにやってきたことを機に、急速にウィーンではコーヒーブームが起こり、そして現在のウィーンの風景になくてはならないもの「カフェ」が生まてきたのです。トルコから伝えられたコーヒー飲用習慣は、またたく間に王侯貴族の世界で「コーヒー文化」を定着させるところとなりました。そして宮廷貴族の憧れる「白い黄金」つまり磁器で、コーヒーを飲む為の専用の器「コーヒーカップ」が、この地に誕生することとなったのです。